「科学忍者隊ガッチャマン」の作品データについては、バナーさん&しゃんぷーさんの「ガッチャ缶」をご覧下さい。

ガッチャマンは、総合芸術である

作品総論 by A. Asakura


不肖私がかねがね上記のように申し上げておるのは、決して伊達ではございません。
『科学忍者隊ガッチャマン』は、間違い無く、日本大衆芸術史上に燦然と輝く奇跡の名作です。個人的には、ガッチャマンはアニメとしてよりもむしろ、歌舞伎など他の大衆娯楽芸能ジャンルと共に語られるべきとさえ思っています(笑)
ガッチャマン・ファンにゴチゴチのアニメ・ファンが少なく、むしろ幅広い世代の一般の人たちに愛されているのも、多くの人が見たことは無くても名前を知っている、主題歌を憶えているのも、ガッチャマンの魅力の普遍的なことを物語っています。

私はガッチャマンが好きな理由として、「面白いから」としか答えようが無いのですが、ではなぜ面白いのか?この永遠普遍な魅力が一体どうやって、どこから生まれたのか、ということについて、力不足ながら考えてみたいと思います。

1.ガッチャマンの時代

時代が良かった。これはやはり外せないでしょう。ガッチャマンは、あの時代でないと生まれ得なかった、時代の落とし子とも言える作品だと思います。
またそれはどうしようもないこと故に、ファンにとっては切ない事実でもあります。いくらもっと見たい、もっと欲しいと思ったところで、あの時代は二度と帰って来ないのですから。

大きく背景的には、日本では高度成長がひとまず落ち着いて、技術的・経済的にテレビ・アニメである程度のことをできるようになって来たことが上げられると思います。
タツノコ・プロはガッチャマンの5年前に、初のカラー作品、『マッハGoGoGo』を成功させていましたが、その2年後に作られた『紅三四郎』のときにも、一般家庭でのカラーテレビ普及率がまだ低かったため、製作上の妥協を強いられた部分があったと聞きます。
ガッチャマンができた1972年は、テレビアニメが生まれて10年、タツノコでも一からアニメを始めたスタッフの技術が飛躍的に向上し、なおかつ黎明期の情熱と意欲が未だ漲っていた、とても幸福な時代だったと言えるのではないでしょうか。

そしてもちろん、この時代にタツノコ・プロが幸福で幸運だった一番の理由は、創始者で社長の吉田竜夫氏が健在だったことです。

ガッチャマンはストーリーや設定的にも時代を反映した部分が大きかったわけですが、私はこの点はむしろ、作品の魅力を語る上で、そう重要な部分ではなかったと思っています。
私たちの世代 (私は勝手に『ガッチャマン世代』と呼んでいますが) にとって、ガッチャマンの物語背景はノスタルジックでうれしいのは確かですが、それは結局流行や時事問題が基になっているものですから、普遍的な価値を語る上ではむしろマイナスでしょう。
ガッチャマンにはその後も再放送や続編を通して、ファンが増えつづけています。表面的な時代色や懐古趣味では、こうまで広範なファン層は確保できなかったはずです。

『ガッチャマンの時代』というのは、ガッチャマンを生み出した時代のダイナミズムと言うことです。

(つづく)


 
[1999年8月24日]

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