| #3 (the hypothesis : A )
「ジョー・・・」
健は掌の中の小さな残骸にそう呼びかけた。おまえって奴は―。
ふいに涙が溢れた。泣きたいと願っても泣けなかったのに。滂沱として流れる熱い涙は健の頬を伝い、掌のジョーの形見を濡らす。涙とともに堰を切ったように、哀しみが、悔しさが、怒りが押し寄せて来た。行き場のない様々な激情が全身を駆け巡る。
「ジョーっ!」
そう叫ぶと、健は突然、残骸を握りしめた拳を力の限りデスクに叩き付けた。骨が砕ける鈍い音が響いたが、2度、3度と、健はデスクを殴り続けた。
「健、何をする!やめるんだ、健!」
南部は健の腕を掴んで制止すると、血の滴る拳をそっとポケットチーフで包んだ。
「馬鹿な真似をしてはいけない。君がこんな怪我をして、ジョーが喜ぶと思うかね?」
南部の肩に顔を埋めて、健は泣き続けた。ちょうど父が幼かった彼を残して南の空へ飛び立った時のように。そして母が少年だった彼を置いて逝ってしまった日のように―。噎び泣くその背を撫でながら、南部は健に話しかけた。
「ジョーは満足しているはずだ。自分が投げたこの羽根手裏剣が結果的に地球を救ったという事は知らなくとも、本部を突き止め、君にその場所を教えたのだから。自分がやるべき事をやって、君を信じて逝ったんだ。きっと―。」
「俺はジョーを裏切ったんだ!あの時、俺は―」
「装置の内部に入る事を思いとどまったからかね?」
「何故それを?」
南部は微笑んだ。
「ジュンから聞いたよ。健、すべて偶然だったかも知れない。だが、君は精一杯やったのだ。やるべき事をやったのだ。君も、ジョーも、ジュンも、甚平も、竜も。そしてレッドインパルスの2人も。健、もし神がいるとしたら、神はすべてを見、そして我々の努力に微笑んでくれた、と私は思いたい。」
言いながら、南部はチーフに包まれた健の拳をそっと開いた。握りしめた残骸は捻じ曲がってはいても十分鋭く、掌を切り裂いていた。血に塗れたその残骸を健のもう片方の手に乗せてやる。
「地球を救い、そしてジョーがあれほど望んでいた両親の復讐を果たした羽根手裏剣だ。健、これは君が持っていなさい。そして、ジョーが君に何を託したかを考えてごらん。」
「ジョーが俺に?」
「そうだ。さあ、医務室で手当てをしよう。一緒に来たまえ。」
素直に手当てを受けると、健は自室に戻ることを許された。健に寄せる南部の信頼は大きい。もう無茶な事はすまい、と判断したのだろう。階段を昇り、自室へと通じる大きなガラス窓に面した廊下へと曲がると、うっすらと月の明かりが差し込む廊下に人影が見えた。
「健・・・」
ジュンだった。
「ジュン。どうしたんだ?こんな所で?」
「私、あの時の事がどうしても気になってー。どうしたの?その手・・・」
「何でもないんだ。博士に手当てをしてもらったから大丈夫だよ。」
そう言えば、あれから2人きりになる事がなかったな、と健は思った。いや、ジュンが何か言いたそうにする度に、俺は知らん顔で逃げてたんだ。
「月が明るいから外へ出ないか?」
芝草が敷きつめられたテラスへのガラス戸を開けて外へ出ると、潮騒が聞こえた。
「健、あの時の事、怒ってるでしょ?私、博士に話したの。きっとあなたは言わないだろうって思ったから。それで、私、あなたに謝りたくて・・・」
ジュンが口籠った。大きな瞳に涙が浮かぶ。
「何も謝る事なんかないさ。だって、ジュンのした事は間違ってやしない。いや、ジュンが止めてくれなかったら、きっと俺は無駄に死んでたに違いない。」
「でも健はあの時、最後まで頑張りたかったんでしょ?」
健はポケットから残骸を取り出した。そしてジュンの手を取ると、掌にそれを乗せた。
「ジュン、ジョーの形見だよ。ジョーがあの時、何て言ったか覚えてるだろ?」
「ええ。」
「俺もよく覚えている。きっと一生忘れやしない。いや、忘れられるもんか。」
「そうね。あれがジョーの本当の気持ちだったんですものね。」
健は黙ったまま微笑むと、羽根手裏剣の残骸が乗ったジュンの掌に自分の手をそっと重ねた。大切な物を分かち合い、それを確かめるように―。その横顔には微かな明かりが灯っていた。
そうだ。最後の最後になって自分の本当の姿を見せたジョー。短気で皮肉屋で気難しくて、でも誰よりも寂しがり屋で仲間を大切に思っていたジョー。そして限りなく優しい心の持ち主だったジョー。
さようなら、ジョー。
俺もおまえのように人を愛して、精一杯生きようと思う。だから、心を返してくれ。心がなければ人は愛せない。それに、俺の心の中にこそおまえは生き続けているのだから―。
冴えた月の光に抱かれて、2人は並んで遥かな水平線を眺め続けた。やがてあの水平線からまた輝く太陽が昇るだろう。
『神がお望みになるのは愛です。犠牲ではありません。』
(マタイによる福音書9章13節より)
― The End of " A " ―
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