<14>
―「博士、南部博士!こちらG1号、ジュンから聞きました。シュルツ教授を救出に向かいます。どこへ連れて行かれた分かりますか?」
スピーカーから健の声がそう言っている。健、帰って来たのか?
「こちら南部だ。健、大丈夫なのか?ジョーとジュンはどうした?」
―「2人とも無事、いえ、ジョーが負傷しました。俺が、俺が撃ったんです。」
―「こちらG2号、カスリ傷ですから御心配なく―」
健の声には激しい自責の念が込められていた。南部は実の兄弟のように時には喧嘩をし、時には慰め合って、共に成長してきた2人の胸中を思うと目頭が熱くなった。そして、
(よく帰って来てくれたな、健。私を恨んでいるだろうに・・・。)
と思う。だが、まだそうした感傷を言葉にしている時ではない。信ずる未来が訪れた時、君らに詫びる日も来るだろう。それまでは―。
「無事で良かった。 教授は携帯端末を持っている。 マップに転送するのでそこへ行ってくれ。だがくれぐれも無理はするな。 ジョー、傷の具合はどうかね?」
―「大丈夫です。」
そう応えて通信を切ったが、ジョーの左腕は動かなかった。
「ジュン、ジョーを医者に診せてくれ。とにかく変身を解いて下に降りよう。負傷者に見せ掛けるんだ。このままでは脱出できないからな。」
「健は?」
「俺が蒔いた種だ。俺ひとりで始末をつけて来る。」
でも―、と言いかけたジュンをジョーが制した。帰って来たと思ったらすぐにこれだ。だが、一旦言い出したら後には引きっこない。それが健だ。
「行けよ、健。だが、必ず帰って来いよ。」
「ああ、死ぬ時は一緒だからな。」
そう言って、健は微笑んだ。
大統領官邸にある一室に連行されたシュルツは保安部員達のやりとりから、忍者隊の捕獲に向かったビルが爆破され、彼等がまんまと逃げおおせた事を知った。
(捕まるものか。彼等は本物のスペシャル・フォースだ。だが、健はどうしたのだろう?答えは出たのだろうか?)
と―。ロックされていたはずのドアが開き、健が音も無く入って来た。彼には警備兵など物の数ではないのか?そうだ、これがスペシャル・フォースだ。知識の手続き化が完了していなくてはこうはいかない。知識の手続き化とは例えば車の運転方法や構造をいくら知識として知っていても、実際に運転することは出来ない。しかし、それを繰り返し行い、熟練すれば無意識のうちに車は動かせるものである。いや、無意識に行えるようにならなければ手続き化が完了したとは言えないのだ。情報は知識となり、手続き化を経て自分自身の経験となる。情報は簡単に置き換えられるが、それを経験にし、さらに熟達させる事は不可能である。健の身のこなしは特殊コマンドとして完璧に近いところまで完成している。こうした特別なマテリアル以外でスペシャル・フォースを作り出すのはやはり無理なのかも知れない。と、シュルツは思った。
「シュルツ教授、南部博士が待っています。さあ、行きましょう。」
「答えを見つけたようだね、健。」
いくぶん緊張した面持ちで健が頷く。しかしその青い瞳は綺麗に澄み渡っていた。
「ではオイディプスよ、答えたまえ。」
「俺は置いて行かれる事を、ひとりになる事を怖れていたんです。そして出来るならそれから目を背けていたかった。誰かのせいにしてしまいたかった。でも、それは出来ない事なんだと分かりました。」
「健、君はお母さんからお父さんの事を聞いたね?」
「ええ。母は父を恨むなと言いました。それで気がついたんです。やはり父は生きているんだ、と。生きているならいつか会えるだろうと―」
「会えたんだね?」
健は一瞬、目蓋を閉じた。あの夜、ログ・キャビンでそうとは知らずに語り合った事が鮮明に蘇る。
「会えました。短い時間でしたが・・・。父は俺に、いや、母と俺に詫びたかったんです。そして―」
言葉が出て来ない。言えばまた胸が痛む。しかし、健は再び話し始めた。
「俺のために死んだんだと・・・」
やはり涙を抑える事は出来やしない。 でも、いいんだ。肉親のために、親しい友のために泣けなければ人間ではない。俺は人間でいたい。例えこの手で敵を殺そうとも、人間でいたい。
「それが『人間』だよ、健。感情を失くしてはいけない。だが、感情に負けてもいけない。」
シュルツは満足げに微笑んだ。心と意志は一見、脆くも見えるが、それを持つからこそ、健は強い。
「君は君自身が自覚する以上に肉親や親しい友人に寄せる愛情と執着が強い。だが、君は幼い頃からその欲求を満たす事が出来なかった。それがさらに執着を増加したのだ。」
「どういう事です?」
「例えば喉が渇いた時に水を飲めなかったとしよう。人は喉の渇きを忘れるかね?一時は誤魔化す事が出来るだろうが、満たされない渇きは増大するものだ。精神的欲求もそれと変わらんよ。それに君は無自覚にせよ自己の欲求に対して認識的逃避や転嫁をする傾向が強いようだ。」
「なるほど―。」 と、健は自嘲的に微笑んだ。
「恨むな、と言われたから恨んだのかも知れないな、親父の事を。 気づかなかったけれど―。」
「しかし、母親の死を父親の責任に転嫁した事は決して稀ではないよ。男にとって父親はまず真っ先に倒さねばならない相手だからね。母親を得るために憎悪する、というのは当たり前の事だし、優先的に母親を選択するのもよくある事だ。」
だから妻と息子は幸せだったのかも知れない。人間としては未完成であっても。だが、シュルツはそれを口に出しはしなかった。
「だけど、まさか親父を殺したいと思っていたなんて。しかも仲間や博士まで―」 思い出すと身体が震えるほど恐ろしかった。ジュンの顎の感触が、そしてエア・ガンの発射音がはっきりと残っている。この手で?―気がつくと、健は自分の手を見ていた。
「単純な逃避方法だよ。置いて行かれないためには、その存在自体を抹殺してしまえばいい。そうすれば自分の願望に反する対象への喪失感は味わずに済むからね。だがそれを解放し、拡大し、行動のモチベーションに利用したのは私だ。健、その部分を消してあげようか?」
しかし、健は首を横に振ると、決然と答えた。
「いや、それも俺なら忘れたくない。もう逃げはしません。」
シュルツは健に背中を向けた。そして―
「帰りたまえ、健。私にはここでやるべき事があるし、救えるものなら祖国を救いたい。南部博士によろしく伝えてくれ。君の理想は結実しそうだと、ね。」
その背中に頷くと、健は何も言わずに踵を返した。
結局、国際親善スポーツコンペティションは中止になった。 何者かによる爆弾テロ、というのが表向きの理由だったが、実際にはISO保安局、国連安全保障理事会をはじめとする各国からの抗議と調査の依頼
― 今回の事件を発端に、過去の亡命選手達についても各機関は容赦なく糾弾していくだろう ― に対応できなくなったドーマニア政府の苦渋の発表だった。とりあえずの突破口は開けた訳である。科学忍者隊は一応、その使命を果たしたのだった。
宿舎の部屋でTVニュースを見ながら、
「俺は爆弾テロの犯人を知ってるぜ。」
と、ジョーが笑った。 「あはは」と健も笑い出す。
「なによ、ひどいわねえ!私ひとりのせいにするつもり?」
ジュンが膨れてそっぽを向いた。笑いながら健はジュンの肩をポンと叩くと片目をつぶって見せた。
「ジュン、まあいいじゃないか?犯人はミス南部だ。ミセス鷲尾でなくて何よりだったなあ!」
「ミセス浅倉でもなくて何よりだ!ミス南部は素行も悪いって話で―」
「まあっ!失礼ねー」
3人は顔を見合わせて大声で笑った。
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