<11>

「健、起きなさい、健。お母さんが君を呼んでいる。」
南部の声にジョーは目が覚めた。隣のベッドのスタンドの灯りの中に健が見える。思いつめたような顔をして、毛布をギュッと握りしめていた。
「さあ、一緒にお母さんのところへ行こう。」
南部がそう言って促したが、健は動こうとしない。そして、きっぱりと言った。
「僕は行かない。」
「なぜだい?」
(どうしたんだ?いつもママに会えるのを楽しみにしてたじゃないか?)
寝たふりをしたまま、ジョーは毛布の中でそう思った。1ケ月に1度、健は母親のいる病院へ面会に出かけていた。そして帰って来ると無邪気に母親の事をあれこれと話す。その度にジョーの失った両親に対する思慕は募り、切なくて涙が溢れた。だが、健の嬉しそうな様子を見ると、聞きたくないとはねつける事も出来なかった。健もまたジョーと同様に寂しい思いで暮らしているのだから―。しかし、ここ2ケ月ほどは帰って来ても健は母親の話しをせず、浮かない顔をしていることが多かった。
(健、ママに会いたくないのか?)
南部の背中越しに健の顔を見る。健は涙に濡れた目をキッと上げ、もう1度、言った。
「行かない!行けばお母さんは死んでしまうんだ!」
「そんな事を言ってはいけない。さあ、おいで。」
結局、健は南部に連れられて出かけて行った。 翌日、周囲の状況からジョーにも健の母親が帰らぬ人になった事が分かった。 しかし、3日後に戻った健は案外と元気な様子で、ジョーに言った。
「お母さんはすごく軽かったよ。」と。そして、
「ジョー、僕もひとりぼっちになってしまったのかな?」と―。
それから2度と母親の話しをする事はなかったし、泣き顔を見せる事もなかった。
(あれからだ。あいつが口癖のように親父さんの事を言い出したのは。)
―「俺の親父はきっとどこかで生きているんだ。」と―。
 それは真実だった。そして悲劇だった。
(それからだ、あいつのバランスがおかしくなったのは。)

特殊高圧ガスによって発射された弾丸は確実に標的をヒットした。
スモーク・ブルーの破片がパッと散り、傾きかけた陽差しにキラキラと輝く。翻ったマントと反対の方向に仰け反った健は手すりに引っかかる形で辛うじて落下を免れた。
「ケーンッ!」
と、ジュンが叫んで駆け寄ろうとした時、白い鳥は再び跳躍した。
「ジュン、近寄るんじゃない!バイザーに当たっただけだ。」
ジョーは駆け上がりながらそう叫んだ。 何分の一秒か着弾が早かった。 いや、避けたのか?
(くそっ、それでも気絶くらいはするはずだぜ。)
屋上に通じるルーフまで飛び上がった健は、バイザーが半分砕け散ったヘルメットを脱ぎ捨て、そのまま屋上へと姿を消した。
「ジュン、ここから中へ入って屋上に通じる出入り口を全部封鎖してくれ。」
ロックされていた非常ドアをエア・ガンで撃ち抜いたジョーにジュンが言った。
「暗示って何なの?」
「分からん。だが、博士は健のお袋さんが死んだ時と関係があると言ってた。」
ハッとしてジュンが言う。
「そう、健は『お母さん』て言ったわ。そうしたら殺気が一瞬だったけど消えたのよ。」
「それを博士に連絡してくれ。 ロックを頼むぜ。 あいつを下へ降ろすわけにはいかねえんだ。」
ジョーは健を追って屋上へと飛び上がって行った。
(健は強い。恐ろしいほど強い。俺は今のあいつに勝てるだろうか?)
だが、躊躇っている時間はない。あいつはこっち側にいなければならない。あっち側に行くのなら、殺してでも止めなければ。例え刺し違えても―。

ビルの真ん中を貫く吹き抜けのグラス・ルーフ、いくつもの排気塔、数基のエレベーター・ホール、そして四隅に飾られたアクロテリオン。
ざっと見渡したが、健の姿はない。だが必ずどこかにいる。そして攻撃のチャンスを窺っている。ジョーは素早く近くの排気塔の陰に身を寄せながら、耳を澄まし、目を凝らした。
(いつものように口笛でも吹きやがれ。)
だが、相手がジョーではそんな事をするわけがない。2人はお互いのすべてを知っていた。勝っている点、劣っている点、その癖、フォーメーションの呼吸・・・。何もかもを了解し尽くしている相手とまさか本気で闘うことになろうとは。数え切れないほどの模擬戦と実戦で得た経験上、健のスピードと技にはかなわないことは確かだ。だが、逆に健もジョーの力と持久力にはかなわない。後はおおむね五分と五分。しかし、時として健は生来の気性からか状況判断に迷いが生じることがあり、実戦を経験する以前にインストラクターから「優しさや憐れみは不要だ。非情になれ。」と叱責されていた。
だが、科学忍者隊のリーダーとして実戦経験を積むうち、健は徐々に変化していった。何よりも責任感が強い健は、メンバーと任務のためには自らの人間性をも否定しなければならない局面に遭遇すれば、己を殺してでもリーダーとしての責務を果たす事を優先させようとした。時には仲間から非難される事でも、そして健自身耐え難い事でも、全うせねばならぬ任務ならば勇敢にそれと対峙した。必要なことだと分かってはいても、ジョーにはそれが哀しかった。何の恐れも迷いもなく、真直ぐに前だけを見ていた少年の瞳を、健が取り戻すことは二度とないかも知れない。しかし、時に憎しみと諦めの影が交錯する今も、健は死んで行くものから顔を逸らす癖があることをジョーは知っていた。
(つけ入る点があるとすればそこだ。)
そしてもうひとつの弱点はヘルメットのない頭部である。
突然、風が動いた。
その刹那、健はジョーの前に音もなく舞い降り、澱みのない動作で足を払った。射撃されないためには射手の姿勢を崩すことだ。それを知らぬ2人ではない。ジョーも前方へ回転し、さらに姿勢を保持しようとしつつ、反撃する。蹴れば、交わす。打てば、受ける―。
互いに相手の攻撃パターンを熟知しているため、まるで演武のようできりがない。
(それならばそれでいい。健はやがて疲れる。)
ジョーはそう思った。このパターンを繰り返す限り、健に勝ち目はない。さっきは逃げられたが、今度は逃がしはしない。それにしても疾い!なんというスピードだ。動きについて行けない健の長い髪がまるで残像のように、その動きをトレースして踊る。
(こいつだっ!)
ジョーは一歩踏み込むとそのまま左腕で殴りかかろうとした。当然、健はこれを予測し体を沈めて交わす。ふわりと健の髪が浮いた瞬間、ジョーはその髪を掴んだ。ヘルメットがあれば突かれないウイークポイントだった。だが、健は瞬間的に右側に全体重をかけて身体を捻り、左腕をジョーの左腕にかぶせてきた。次に来るのは顎への肘打ちだ。今度はジョーが予測していた。左手に掴んだ髪を健が仰け反るほど捻りあげる。上体が反ってしまえば有効な肘打ちは出来ないし、蹴りあげることも難しくなる。
「ううっ」
健の口から呻き声が漏れたが、ジョーはその手を放そうとしなかった。身体は頭の方向へ附随しようとするものである。だから頭を保定し、それを後ろに反らせている限り相手を容易に倒すことが出来る。だが、健は尚も空いている右手でブーメランを引き抜こうともがく。ジョーは掴んでいる頭を自分の方へ引き寄せながら、エア・ガンの銃把で健の顎を殴った。唇が切れたのか鮮血が散ったが、構わず銃把を顎に当ててそのままさらに左へと体を捻る。ジョーの腕力に抗し切れず、健はついに仰向けに捩じ伏せられた。その機を逃さず、ジョーは健の眉間にぴたりと銃口を押し当て、語気鋭く叫んだ。
「動くなっ!」
健は瞬きもせず真直ぐにジョーの目を見詰める。その青い瞳には怖れも怒りもなかった。そして、鮮血の流れる唇を引き、ゾッとするような微笑みを浮かべると、言った。
「さあ、撃てよ、ジョー。」
「!!」
ジョーは絶句した。

<12>

南部には苦悩している時間も逡巡している暇もなかった。ジュンの報告から健の暗示を解くキーワードはやはり母親の死んだ時と関係があると確信出来た。シュルツが健を称したオイディプスはヒントだったのか?フロイトのエディプス・コンプレックスは有名である。しかし健にその徴候が見られた事はない。むしろ父親に対する傾倒が顕著で、異常とさえ思える執着を示した事はあったが・・・。
(何故、オイディプスなのだ?何が健を支配しているのだ?)
南部は忙しく関係文献の検索と分析をしつつ、当時の事を思い出そうとしていた。彼女は臨終の床で健に何を言ったのか?恐らくジュンがふいに言った言葉に酷似していたのだろう。それで健は一瞬の正気を取り戻したのだ。いや、今が正気ではないという訳ではない。ただシュルツが解放した深層心理下にある欲求が健を支配し、我々を敵と認識させているだけだ。
その欲求とは何だ?そしてその動機は?
 「ジュン、もう1度、健が攻撃を止めた言葉を言ってみてくれ。」
通信コンソールにそう問いかける。
―「あの時ですか?ええと、確か『さようなら。あなたを恨まないわ』って言ったんだと思います。それより博士、私もジョーの援護に行ってはいけませんか?ここのロックは大丈夫ですし―」
 「いかん!もしもジョーが・・・」
―「ジョーが?」
南部は辛い言葉を口にしなければならなくなった。
 「もしもジョーが倒され、君までも失う事になったらどうする?ジュン、そこで待機していてくれ。すぐ連絡する。以上だ。」
恨まないと言ったことか?確かに彼女はあの時、そう言った。いや、父親を恨んではいけないと言ったのだ。何故、死んでいる父親を恨んではいけないと健に言ったのか?ひょっとして彼女はレッドインパルスの事を知っていたのか?鷲尾は生きているとー。やがて健に出会えるかも知れない事を―。
「何という事だ・・・!」
だが、南部にはそれを後悔している時間はない。健を、ジョーを救わなければ。彼等はかけがえのない存在であり、同時に大いなる未来への希望なのだ。

「健ッ!なぜ、俺がおまえを撃たなきゃならねえんだ?なぜ、おまえは俺達と闘う?」
ジョーはそう叫んでいた。今、トリガーを引けば、健は確実に死ぬ。10年の歳月をともに生きて来た無二の存在は永遠に失われるのだ。だが、健がこちらへ戻って来ないのならこの手でその生命を絶つしかない。それは身体を引き裂かれるよりも辛い。だからといって健をギャラクターに奪われることはさらに辛い。健を睨んだまま、ジョーの双眸から熱い涙が落ちた。
と―。
それに呼応するように健の目にも涙が溢れ、そして、信じられない言葉を叫んだ。
「俺を撃ってくれ!殺してくれっ!ジョー、頼むから・・・!」
「なぜだっ?」
「おまえがそうしなければ、俺はおまえを、ジュンを、みんなを殺してしまうっ!」
「だからなぜなんだ?なんでおまえが俺達を殺さなきゃならないんだ?」
「それは・・・」
健の瞳が空になる。何も見ていないその目に、ジョーは落胆した。
(駄目だ。また行っちまう―。)
ならば、とジョーは再びその頬を殴った。
「健、目を覚ませ!おまえは科学忍者隊のリーダーだろっ!」
2度、3度、殴打されるがままになっていた健が突然反撃に出た。ジョーの手首を目にも止まらぬ速さで掴むと、片脚をジョーの頭越しに回して首にかけ、そのまま横へ半回転する。その勢いと腕を引かれた反動でジョーの拘束が弛んだ。しかし、エア・ガンは手首を掴まれながらも依然として健の喉元にあった。じりじりと健はジョーの右腕を自分の頭上へと引く。形勢は逆転した。ジョーの首は健の片脚に押さえつけられ、引かれて伸び切った腕の腱と関節に激痛が走り、握力を失ったジョーの右手からエア・ガンが落ちた。
「くそっ!」
サッと身を起こした健の手にはジョーのエア・ガンが握られていた。
「形勢逆転だな、ジョー。」
「ああ、そのようだな。」
(これまでか・・・)―かも、知れない。だがジョーはジュンの言葉を思い出した。試してみる価値はある。もしかしたら健は帰って来るかも知れない。いや、少なくともチャンスが生まれる可能性はある。
「あばよ、健。おまえはいつも死ぬ時は一緒だと言ってたが、どうやら別々になりそうだな。」
「なんだと?」 ―返事をした?帰って来いっ、健!
「所詮、人間はみんな別々に死ぬんだ。いや、俺の親父やお袋みたいに一緒に殺されりゃあ一緒に死ねるかも知れないがな。」
ジョーは喋り続けた。健が撃たないのは葛藤が生じたからだ。―さあ、来い!
「おまえのお袋さんだって、レッドインパルスだってひとりっきりで―」
「黙れっ!」
健は怒鳴った。激しい怒りが瞳の中で燃え上がったのをジョーは見逃さない。もう少しだ!
「ジョー、おまえはギャラクターを恨めばいい。復讐すればいい。だが俺は―」
「おまえだってギャラクターが親父の仇だろう?絶対に許さないと言っただろうが!なのになぜ、俺達を殺そうとするんだ?健、言ってみろ!なぜだっ?親父さんを殺したのは俺達か?おまえがあの時、勝手な行動を取らなければ或いは親父さんは死なずに済んだかも知れないんだぞ・・・。」
ジョーは健を追い詰めてしまうしかなかった。 それしか打開策はない。 失敗すれば終わりだ。2人とも。だがそれも仕方のない事である。健は血が出るほどきつく唇を噛みしめてジョーを睨んでいたが、やがて絞り出すように言った。
「そうだ。親父を殺したのはこの俺だ!」

<13>

シュルツは待っていた。 健の中に付け加えたものの一つに「科学忍者隊の他のメンバーを誘導せよ」という項があった。 だが、それは果たされそうもない。時間がかかり過ぎている。 健の機転と作戦能力を持ってすればもっと容易にそれは実行されたはずだ。科学忍者隊が単独でドーマニアに潜入したとは考えられない。近くに複数のメンバーがいるはずである。
「手間取っているだけか、やはり失敗か・・・。」
出来れば健以外のサブジェクトを手に入れたかったが―。南部が作り上げた忍者隊は全員が健ほどのレベルなのだろうか?ぜひそれを確認しておきたい。何をモチベーションにあそこまでの意欲と能力を引き出せたのか?それは個々に異なるもののはずである。だが、最終的に彼等の行動原理を支配しているものは " 正義 " なのだろう。その時、コンピューターのモニターにアクセスを示す表示が表れた。
―「シュルツ教授か?南部だ。今一度、話したいことがある。」
音声と画像スイッチをオンにして、シュルツは応えた。
 「これは南部博士。簡単だったろうに、何故もっと早く連絡してくれなかった?こちらから君に連絡するのは大変なのだよ。凝った通信システムのようだね。忍者隊の諸君のものは。」
―「教授、健に与えた暗示のモチベーションは彼の母親と父親が亡くなった時の対象喪失を利用したものではないのか?そしてオイディプスはスフィンクスの難問に答えを出した、ギリシア神話の―」
ほう、とシュルツは片眉を上げた。
 「さすがは南部博士だ。短時間でよく分かったね。いや、君も知っていたと言うべきかな?だが、君が健に対して行った強化は、たぶん君の言う " 正義 " がベースなのだろう?君は健の心を無視して君の理想を押し付けたのだ。違うかね?南部博士。」
―「そうかも知れない。だが、それは健自身の意志でもあるのだ。シュルツ教授、人間の意志や正義感はシナプスやニューロンの電気的な信号や薬物だけですべて支配できるものではない。あなたは御子息を失って、意地になっておられるのだ。だが―」
 「息子に対して行ったリエディケーションは失敗ではなかった!」
思わずシュルツは怒鳴った。つまらぬ事までよくもまあ調べたものだ、言わんばかりに。あれは決して失敗ではない。だが、まさか母親を選ぶとは思わなかっただけだ。家庭を顧みないという下らん理由で私を保安部に通報した妻を―。
―「教授、健を返して頂きたい。私は健を失うわけにはいかないのだ。あなたの安全は保障する。どうか、我々と共にその研究を平和と未来のために続けて頂きたい。」
 「魅力的な御提案だな、博士。だが―」
言いかけてシュルツはただならぬ気配に南部との通信を携帯端末に切り替え、モニターを消した。 その時、ドアが乱暴に開けられ、見知った保安部の将校が数人の警備兵を引き連れて入って来た。警備兵の手には軽機関銃が光っている。シュルツは素早くオンにしたままの端末をポケットに忍ばせた。
「シュルツ教授、捕獲した科学忍者隊を我々に報告もせずに解放したそうですな?」
やはりあの男だけではなかったのか、とシュルツは苦笑した。この研究所も結局はギャラクターの監視下にあるという訳だ。
「私の研究の邪魔はしないという約束だぞ。協力はしているだろう?」
「科学忍者隊となれば話は別です。国家反逆罪に問われても仕方のないところですぞ、教授。だがあなたには大統領を診て頂かなければならない。とりあえず身柄は拘束させて頂きます。御同行を―。」
警備兵の銃口に押され、シュルツは外の車に乗った。他にも数台の物々しい軍用車両が並んでいる。
「あれは何事かね?」
「これから教授が解放した忍者隊の捕獲に向かう。あなたがデーターを残してくれたお陰で彼等の居所が判明したのだ。」
(聞いているかね?南部博士・・・。健が、忍者隊が危ないぞ。)
ポケットの端末を撫で、シュルツはそう心の中で呟いた。

屋上に通じるすべてのドアをロックし、それらに小型時限爆弾をセットしたジュンは、たった一つの接点である非常階段のドアに身を寄せて様子を窺っていた。
(健、ジョー、どうしているの?)
どちらかが倒れ、ここへ降りて来るのは誰だろう?もしそれがジョーなら健には二度と会えないという事だ。でももしそれが健だったら・・・?ふいにブレスレットから南部の声がした。
―「ジュン、ドーマニアの警備兵がそこへ向かっている!健とジョーはどうした?」
 「まだどちらも降りて来ません。どうなっているのか―。でも警備兵はここから上へは行かせません。必ず食い止めます!」
―「いかん!ジュン、逃げろ!君だけでも生きて戻るんだっ!」
南部の命令を無視してジュンは通信を切った。
(ありがとう、博士。でも2人を残しては行けません。)
  ジュンはまず非常階段に出ると、階下の踊り場に小型爆弾を投げ落とした。これでここからも上がっては来られない。そして吹き抜けのホールへと走り寄り、メインエレベーターをキッと睨んだ。起爆装置を押せばすべてのドアと非常階段、それにここも吹き飛ぶ。タイミングが良ければかなりの人数の敵を食い止めることができるはずである。そしてもしここへ降りて来るのがジョーではなくて健だったら。そうだとしたら、やっぱり健をここで食い止めるのが私の任務だわ―、とジュンは決心した。
「!」 ―エレベーターが数基、ほぼ同時に動き出した。グラス・ルーフに覆われた吹き抜けのホールを見下ろすと、武装した警備兵達がそれぞれの侵入経路に向かって動いている。
「さあ、来なさいっ!」
ジュンは最高のタイミングを狙って起爆装置を握りしめた

陽は急速に西に傾きつつある。と、ともに風が強くなった。浅く朱に染まった白いマントが風を孕んで大きく膨らむ。逆光に縁取られた髪が健の胸中を顕わすかのように激しく乱れた。
「もう終わりにしようぜ、健。」
ジョーは冷たく言い放つと、エア・ガンの銃口を無視して立ち上がった。―俺があいつを撃てないのと同様に、あいつは俺を撃てない。俺と健の絆はそう簡単に断ち切られるものではないはずだ。それに、健は帰って来つつある。それに賭けてみようとジョーは思った。健の脇をすり抜け、中央のグラス・ルーフの縁へとゆっくり歩を進める。
「動くんじゃないっ!止まれ、ジョー!」
だがジョーは止まらなかった。
「撃つなら撃てよ。親父さんを殺したんだろ?ならば俺も殺すがいいさ。」
撃つか?いや、本当に撃てるのか?グラス・ルーフまで進み、ジョーは振り向きざま怒鳴った。
「健、復讐をすればいいと言ったな?そうさ。俺は親の仇を討ちたい。それじゃあおまえはどうする?自分で自分に復讐するつもりかっ?」
エア・ガンの甲高い発射音と同時にジョーは左肩に焼け付くような痛みを感じた。
「うっ。」
と、呻いて肩を押さえたジョーはルーフの端に崩折れた。ジョーのエア・ガンの口径は通常の小銃で言えば22口径程度しかない。つまり命中精度も殺傷能力も大して高いという銃ではなく、それをカバーしているのはジョーのスナイパーとしての並外れた技術なのである。1発で止めを刺すには至近距離から急所を撃ち抜くか、距離がある場合はライフルで狙撃するような正確さが無ければ無理だ。まして立射の姿勢では。だがそんな事は問題ではない。健はジョーを撃ったのだ。ジョーには健が撃てなかったのに。撃てと請われてもついに撃つことが出来なかったのに―。
「健、さすがにおまえは俺よりも強いな。」 ジョーは口の端で笑いながら言った。―最後の賭けだ。帰って来い!健!
「 だがな、親父さんを殺し、俺を殺し、仲間を、博士を、みんなを殺したら―。 そうしたら、健、おまえは本当にひとりぼっちだぞ!」
「えっ?」と、ひどく驚いたように健が瞬いたその時、突然、数カ所で同時に爆発音が響いた。ジュンが警備兵を阻止するために起爆装置を押したのだ。吹き抜けにあるメイン・エレベーター・ホールの爆発は上へと昇り、屋上のグラス・ルーフを下から突き破って炎と爆風を吹き上げた。粉々になった強化ガラスが舞い、ルーフの端にいたジョーは爆風の煽りを受けて姿勢を崩した。青いマントが翻ったかと思う間もなく、ジョーの姿が1階まで通じる吹き抜けに吸い込まれて行く―。
行かないで!と、あれほど願ったのに母さんは行ってしまった。父さんも行ってしまった。ひとり取り残されるのはもう嫌だ。―ならば、答えを見つけろ!
「ジョーッ!!」 ―ジョー、おまえも行ってしまうのか?ああ、嫌だっ!答えは何処にある?
健は弾かれたように走った。ルーフの端から我を忘れて身を乗り出すと、捻れたガラスのフレームにジョーが右手だけでぶら下がっている。ガシャガシャと砕け散ったガラスの破片が降るなか、健はその手を伸ばした。
「つかまれっ!」
「健!」
ジョーの青灰色の目が眩しそうに健を見つめる。そうだ、この眼差しだ。辛い時、苦しい時、何も言わずにただ俺を見ていてくれたジョーの目だ。―見つけたぞ。これが俺の答えだ!
「つかまるんだ、ジョー!俺を置いて行かないでくれ!」
「死ぬ時は一緒か?」
「ああ。そうだ!」
ジョーは健の手を握りしめた。しっかりと―。片手から両手、手首から肘へと少しづつ位置を確実にしつつ、健はガラスの破片で自らが傷つくのも構わずにジョーを引き上げようと歯を食いしばる。その時、健の青いグローブに白い指が添えられた。
「ジョー、しっかりして!」
「ジュン・・・!」
ジュンは自ら仕掛けた爆破から逃れるため、非常階段のルーフから屋上へ上がって来たのだ。にこりとオレンジ色のバイザー越しにジュンが微笑む。―そうだ。これも俺の答えだ!
「もう少しよ。頑張って!」
「さあ、上がって来い、ジョー!」
「へっ、さっきは撃ったくせに・・・」
足場を確保しながら、ジョーは微笑みを浮かべると皮肉な口調でそう言った。
「帰って来たな、健。」
「ああ、帰って来た。2人のお陰だ。ありがとう。」
いつの間に切ったのか、ジョーの頬から血が流れていた。健がそれを指で拭うと、ジョーは自由になる右手で健の肩を抱いた。その時―
「いたぞっ!」
と、声がして警備兵達が屋上へと上がって来るのが見えた。3人は素早く迎撃のフォーメーションを取る。サッと散り、まず上がり端の警備兵を攻撃する。ワイヤーロープの簡易梯子に掴まっている兵士の武器を蹴落とすくらい雑作もない。そして、ランダムに動き回って銃火を交わす。迎撃しながら、健は一番手薄なサイドを見つけると、2人に合図をした。速やかにジョーとジュンが集合する。
「どけっ!蹴り落とされたいのかっ?邪魔をするな!」
眉を上げて健が怒鳴った。昂然としたその迫力に呑まれて兵士達が怯む。手にした軽機関銃は何の役にも立たない。3人は兵士達を割ってワイヤーロープの梯子を奪取した。ぶら下がったまま見下ろすと、サイレンが鳴り響き、警察や軍用の車両、そして大勢の人々が集まって来ていた。派手な爆発だったからな、と健が苦笑いした。
「このままじゃどうしようもないわ。」
「あそこの窓を爆破して中へ入る。ジョー、片手だけで大丈夫か?」
「ああ。」
「よし、行くぞ!ジュン、しっかり掴まっていろっ。」
壁面を蹴って大きく反動をつけると、健が小型爆弾を窓に投げる。爆風を破って3人はビルの中に飛び込んで行った。

<14>

―「博士、南部博士!こちらG1号、ジュンから聞きました。シュルツ教授を救出に向かいます。どこへ連れて行かれた分かりますか?」
スピーカーから健の声がそう言っている。健、帰って来たのか?
 「こちら南部だ。健、大丈夫なのか?ジョーとジュンはどうした?」
―「2人とも無事、いえ、ジョーが負傷しました。俺が、俺が撃ったんです。」
―「こちらG2号、カスリ傷ですから御心配なく―」
健の声には激しい自責の念が込められていた。南部は実の兄弟のように時には喧嘩をし、時には慰め合って、共に成長してきた2人の胸中を思うと目頭が熱くなった。そして、
(よく帰って来てくれたな、健。私を恨んでいるだろうに・・・。)
と思う。だが、まだそうした感傷を言葉にしている時ではない。信ずる未来が訪れた時、君らに詫びる日も来るだろう。それまでは―。
 「無事で良かった。 教授は携帯端末を持っている。 マップに転送するのでそこへ行ってくれ。だがくれぐれも無理はするな。 ジョー、傷の具合はどうかね?」
―「大丈夫です。」
そう応えて通信を切ったが、ジョーの左腕は動かなかった。
「ジュン、ジョーを医者に診せてくれ。とにかく変身を解いて下に降りよう。負傷者に見せ掛けるんだ。このままでは脱出できないからな。」
「健は?」
「俺が蒔いた種だ。俺ひとりで始末をつけて来る。」
でも―、と言いかけたジュンをジョーが制した。帰って来たと思ったらすぐにこれだ。だが、一旦言い出したら後には引きっこない。それが健だ。
「行けよ、健。だが、必ず帰って来いよ。」
「ああ、死ぬ時は一緒だからな。」
そう言って、健は微笑んだ。

大統領官邸にある一室に連行されたシュルツは保安部員達のやりとりから、忍者隊の捕獲に向かったビルが爆破され、彼等がまんまと逃げおおせた事を知った。
(捕まるものか。彼等は本物のスペシャル・フォースだ。だが、健はどうしたのだろう?答えは出たのだろうか?)
と―。ロックされていたはずのドアが開き、健が音も無く入って来た。彼には警備兵など物の数ではないのか?そうだ、これがスペシャル・フォースだ。知識の手続き化が完了していなくてはこうはいかない。知識の手続き化とは例えば車の運転方法や構造をいくら知識として知っていても、実際に運転することは出来ない。しかし、それを繰り返し行い、熟練すれば無意識のうちに車は動かせるものである。いや、無意識に行えるようにならなければ手続き化が完了したとは言えないのだ。情報は知識となり、手続き化を経て自分自身の経験となる。情報は簡単に置き換えられるが、それを経験にし、さらに熟達させる事は不可能である。健の身のこなしは特殊コマンドとして完璧に近いところまで完成している。こうした特別なマテリアル以外でスペシャル・フォースを作り出すのはやはり無理なのかも知れない。と、シュルツは思った。
「シュルツ教授、南部博士が待っています。さあ、行きましょう。」
「答えを見つけたようだね、健。」
いくぶん緊張した面持ちで健が頷く。しかしその青い瞳は綺麗に澄み渡っていた。
「ではオイディプスよ、答えたまえ。」
「俺は置いて行かれる事を、ひとりになる事を怖れていたんです。そして出来るならそれから目を背けていたかった。誰かのせいにしてしまいたかった。でも、それは出来ない事なんだと分かりました。」
「健、君はお母さんからお父さんの事を聞いたね?」
「ええ。母は父を恨むなと言いました。それで気がついたんです。やはり父は生きているんだ、と。生きているならいつか会えるだろうと―」
「会えたんだね?」
健は一瞬、目蓋を閉じた。あの夜、ログ・キャビンでそうとは知らずに語り合った事が鮮明に蘇る。
「会えました。短い時間でしたが・・・。父は俺に、いや、母と俺に詫びたかったんです。そして―」
言葉が出て来ない。言えばまた胸が痛む。しかし、健は再び話し始めた。
「俺のために死んだんだと・・・」
やはり涙を抑える事は出来やしない。 でも、いいんだ。肉親のために、親しい友のために泣けなければ人間ではない。俺は人間でいたい。例えこの手で敵を殺そうとも、人間でいたい。
「それが『人間』だよ、健。感情を失くしてはいけない。だが、感情に負けてもいけない。」
シュルツは満足げに微笑んだ。心と意志は一見、脆くも見えるが、それを持つからこそ、健は強い。
「君は君自身が自覚する以上に肉親や親しい友人に寄せる愛情と執着が強い。だが、君は幼い頃からその欲求を満たす事が出来なかった。それがさらに執着を増加したのだ。」
「どういう事です?」
「例えば喉が渇いた時に水を飲めなかったとしよう。人は喉の渇きを忘れるかね?一時は誤魔化す事が出来るだろうが、満たされない渇きは増大するものだ。精神的欲求もそれと変わらんよ。それに君は無自覚にせよ自己の欲求に対して認識的逃避や転嫁をする傾向が強いようだ。」
「なるほど―。」 と、健は自嘲的に微笑んだ。
「恨むな、と言われたから恨んだのかも知れないな、親父の事を。 気づかなかったけれど―。」
「しかし、母親の死を父親の責任に転嫁した事は決して稀ではないよ。男にとって父親はまず真っ先に倒さねばならない相手だからね。母親を得るために憎悪する、というのは当たり前の事だし、優先的に母親を選択するのもよくある事だ。」
だから妻と息子は幸せだったのかも知れない。人間としては未完成であっても。だが、シュルツはそれを口に出しはしなかった。
「だけど、まさか親父を殺したいと思っていたなんて。しかも仲間や博士まで―」 思い出すと身体が震えるほど恐ろしかった。ジュンの顎の感触が、そしてエア・ガンの発射音がはっきりと残っている。この手で?―気がつくと、健は自分の手を見ていた。
「単純な逃避方法だよ。置いて行かれないためには、その存在自体を抹殺してしまえばいい。そうすれば自分の願望に反する対象への喪失感は味わずに済むからね。だがそれを解放し、拡大し、行動のモチベーションに利用したのは私だ。健、その部分を消してあげようか?」
しかし、健は首を横に振ると、決然と答えた。
「いや、それも俺なら忘れたくない。もう逃げはしません。」
シュルツは健に背中を向けた。そして―
「帰りたまえ、健。私にはここでやるべき事があるし、救えるものなら祖国を救いたい。南部博士によろしく伝えてくれ。君の理想は結実しそうだと、ね。」
その背中に頷くと、健は何も言わずに踵を返した。

結局、国際親善スポーツコンペティションは中止になった。 何者かによる爆弾テロ、というのが表向きの理由だったが、実際にはISO保安局、国連安全保障理事会をはじめとする各国からの抗議と調査の依頼 ― 今回の事件を発端に、過去の亡命選手達についても各機関は容赦なく糾弾していくだろう ― に対応できなくなったドーマニア政府の苦渋の発表だった。とりあえずの突破口は開けた訳である。科学忍者隊は一応、その使命を果たしたのだった。

宿舎の部屋でTVニュースを見ながら、
「俺は爆弾テロの犯人を知ってるぜ。」
と、ジョーが笑った。 「あはは」と健も笑い出す。
「なによ、ひどいわねえ!私ひとりのせいにするつもり?」
ジュンが膨れてそっぽを向いた。笑いながら健はジュンの肩をポンと叩くと片目をつぶって見せた。
「ジュン、まあいいじゃないか?犯人はミス南部だ。ミセス鷲尾でなくて何よりだったなあ!」
「ミセス浅倉でもなくて何よりだ!ミス南部は素行も悪いって話で―」
「まあっ!失礼ねー」
3人は顔を見合わせて大声で笑った。

<15>

「ここにいたのか?」
そう言ってジョーは健の隣に立ち、右手を手すりに乗せた。左腕は三角巾に包まれている。健は思わずそれから目を逸らしそうになった。しかし、目を逸らしはしなかった。
「健、良い知らせだぜ。グレン少佐の意識が戻ったそうだ。」
健は急激な安堵感に思わず目眩を覚え、手すりを握りしめた。
「そうか!良かった。」
「真っ先に知らせてやろうと思ってな。」
「ありがとう。」

強い風が健のチョコレート色の髪とジョーのラスティ・ブロンドを踊らせる。2人は黙ってサーチライトを眺めていた。あいつは俺の何なんだろう?と考えてから24時間が経過しようとしていた。 長い1日だった、とジョーは思った。 だが、健が俺にとって何なのか?という疑問にひとつの答えが出た1日だった。そして、きっと健にとっての俺にも―。 もうひとつ、ジョーは健が失いかけていたバランスを取り戻した事が嬉しかった。
健にとっても長い1日だった。そして、健にとってこの1日は自ら選んだ " 正義 " を信じ、その中に答えを見い出そうと改めて決意した意義ある時間だった。 " 正義 " とは何だろう?と、健は考え続けてきた。 闘いの中に身を置けば置くほど、答えは遠くなる気がしていた。しかし、白と黒、即ち " 正邪 " は紙一重なのだ。いや、表裏一体であり、互いに二律背反しながらも同じ物なのだ。そのどちらのサイドに立つかによって、白いか黒いかが分かれるだけである。何が正しいのか、何が正しくないのか。それは決して出ない永遠の命題なのかも知れない。だが人は自分が信ずるものを守るために闘わなくてはならない宿命を背負っている。そのために流す涙なら恥ずかしくはない。そのために流す血なら厭うことはない。まして、かけがえのない存在のためならば

「健・・・」
「うん?」
「俺はおまえを置いて行かないぜ。何があってもな。」
「ああ。」
ジョーは真直ぐに前を向いたまま、続けた。
「だが、健。おまえは俺を置いて行け。それがおまえの闘いなんだ。」
健は俯くと肩を震わせた。しかしすぐに顔を上げ、胸を張ってジョーに向き直ると凛として言った。 「ああ。それが俺の闘いだからな。」 サーチライトの光芒を背にしたその姿には、雄々しい真っ白い翼が翻っていた―。

- THE END -

Different stories for different fans . See Ya next story !

Illustration by Achi Asakura

BACK


Part 1 / Part 2 / Part 3

TOP / NEWS / MAIN / SOCIETY / ART / PEOPLE / CULTURE / LOCAL / GOSSIP / EDITORIAL / BBS


UTOLAND CHRONICLE / CULTURE