<6>

健は眠っていた。左の二の腕から静脈に挿入された留置針を通して点滴されている輸液に混入された沈静剤の作用で、深くはないがかといってはっきり覚醒することもない状態に置かれていた。この状態は人間の心身をもっともリラックスさせ、筋肉の疲労を取り去り、内的なストレスを緩和することは一般の治療においても周知の通りだ。また、両顳かみと左胸、他数カ所にごく小さな電極が装着され、数本のコードがそれらに繋がっている。

「さあ、先程の会話を分析してみよう。」
健が眠っている古風な感じの部屋のとなりには、おおよそそれと似つかわしくない研究室然としたかなりの広さを持つ部屋があり、数人の白衣の男たちが数台のコンピューターとさまざまな機器類のコンソールに向かっていた。
「このサブジェクトは両親を亡くしているが、特に母親とはおそらく10年以上前に死別したと思われる。これはナースを母親と誤認したことからの推論だが、死別以前に母親と引き離された可能性もあるので、確定的なものではない。」
一番年長の初老の男がモニターに再生されている健と女性の会話を拾ってこう言った。 「もっと幼い頃に死別したのではありませんか?ナースを母親と誤認するケースはたいていサブジェクトが幼少時に母親と別れた場合ですが?」
一緒にモニターを見つめる男が指摘した。
「いや、次の会話だ。サブジェクトは母親に父親が、これは最近のことだろうが死亡した事をかなり興奮して話している。『また』と言っているから母親と別れる以前に父親と離別したのだろうが、『置いていかれた』と認識し、それを記憶しているのだから5才前後の事だろう。この時期と母親と離別した時期は少なくとも2〜3年の間隔が空いていると思うが?この時のサブジェクトの心拍数と血圧の変化はどうかね?」
初老の男は機器類のひとつに向かっている若い研究員に尋ねた。
「急激に変化しています。かなり動揺したようですね。瞳孔にもそれが現われています。」
「ふむ。父親は変わった死に方をしたのかも知れないな。」
彼は立ち上がって、眠っている健を映しているモニターをじっと凝視した。 白いシーツの下で、逞しい胸が規則的にゆっくりと上下している。時折、まぶたがピクッと動くのは夢を見ているからだろうか?
「『汝は父を殺し、母と結ばれるであろう』か・・・。」
男はそう呟いた。
「教授、それはフロイトのエディプス・コンプレックスですか?」
「その出典であるギリシア神話でオイディプスに与えられた神託の言葉だよ。」
「はあ?」
教授と呼ばれた男の言葉に数人が顔を見合わせた。だがそんな事はお構いなしに彼は別のコンソールに歩み寄るとてきぱきとコマンドを打ち込んだ。一番大型のモニターに昨夜の戦闘シーンが映し出される。暗視カメラで撮影されたものにしては驚くほど鮮明に健と4人のコマンドを捉えた映像である。純白の影が閃くように動くと、次々とコマンドが倒れていく。
「ふん。たかが運動選手では本物のスペシャル・フォースには歯が立たんか。」 彼は別のコマンドを入力した。ズームアップされた健にオーバーラップして、分析データーの数値が次々と表示される。
「見たまえ、諸君。我らがオイディプスのデーターを。このサブジェクトは素晴しい!反射神経、心肺機能、運動能力、戦闘時の判断力、何をとってもまさにパーフェクトだ。いや、やはりこれはISOの南部孝三郎が作り上げた最高傑作だ!」
「では、このサブジェクトは?」
「そうだ。科学忍者隊のひとりに間違いない。」

その頃、ジュンは南部の指示によりドーマニアの外国選手渉外部の担当官と面会していた。
渉外部は昨夜潜入した件の合同庁舎ビルにある。ジュンは可能な限り手がかりを探すことができた。しかし、どこにも健の姿はない。
「それでそのミスター鷲尾が朝から見当たらないというのですね?」
「ええ。彼はエア・ライフルの補欠選手です。今朝から競技が始まる旨は知っていますし、アリーナの控え室も確認済みです。でもまだ現われませんし、宿舎にもおりません。このままではアテンド役である私としても立場が・・・。」
「分かりました。警備隊本部と連絡をとってできる限りの協力をお約束します。しかしミス南部、昨夜もあなたの国の選手が無断で外出していたとの報告が入っています。こう申し上げては失礼ですが、アメリスの選手というのはスポーツマンとしての自覚が足りないのではないのですか?」
(馬鹿、それは私たちよ!)
と、ジュンは心の中で舌を出した。
「素行の悪い選手には注意をしておきます。とにかくミスター鷲尾について、何か分かりましたらすぐご連絡ください。選手のIDは携帯しているはずですから。」

夜明けまで健からの連絡を待ったジョーとジュンは、経緯を南部に報告した。
― 「事情は分かった。健からの連絡を待つとして、ジュンは渉外部に捜索を依頼したまえ。今回、君達は正式に選手として入国したのだから、ドーマニアには君たちの身柄を保護する義務がある。これまでの亡命選手や失踪した者についての対応を見ると、一応、国際法には触れていないが、疑問が残る部分も多い。その点もあわせて調査できるといいのだが・・・。大使館には私から連絡しておこう。頼んだぞ。」
南部は意外なほど落ち着いて、そう指示してきた。
「俺達にも言えない裏があるんじゃねえのか?」
と、ジョーは訝しんだ。しかし、2人は南部を信頼していたし、例え裏があったとしても科学忍者隊のメンバーとして南部の命令は絶対だった。
「とにかく私は調べられるだけ調べるわ。健に何かあったとしても、きっと接点を見つけられるわよ。お互いやれるだけの事をやりましょう。健もそうしているはずよ。」
「ジュン・・・分かった。俺も必ずメダルを獲って接点を掴むよ。」
(それが任務だからな。裏があってもなくても関係ないさ。) ジョーはジュンの強さを再認識する思いだった。何よりもまず常に任務を優先させるジュン。男の俺や健が復讐や憎しみのために任務を忘れそうになることもあるのに。
(死ぬなよ、健。ジュンのためにもな。)
それがジョーの精一杯の気持ちだった。

<7>

「サブジェクトが持っていたIDをチェックしてみますか?」
ひとりの研究員がそう尋ねた。教授は気のない様子で頷くと、
「どうせそんなものはISOがデッチ上げた偽ものだがね。まあやってみたまえ。」
と答えながら、また別のコンソールに向かって複雑な数式を次々と入力していった。さてこの素晴しい被験体をどうしようか?最高に機能させるために必要なリエデュケーションのプランは? 今までと同じでは駄目だ。彼はスペシャル・フォースとしての技術を暗黙知している。我々がこれまでのサブジェクトに対し、なし得なかった知識の手続き化をこのサブジェクトはすでに終了しているのだ。薬物も外科的な処置もなるべく用いたくない。彼を損ねることは極力避けなければならない。しかし、それではどうコントロールすればいいのか?最高のモチベーションは何だ?
教授は立ち上がると再び眠っている健のモニターを見つめた。
「ナース、来たまえ。いくつか質問してみたいことがある。君、意識レベルを30%まで回復するよう覚醒剤を投与してくれ。モニタリングを忘れんでくれよ。」
そして、ドアを開けると健の傍へと歩み寄った。

「君、君、聞こえるかね?」
「・・・・・。」
健の目蓋がゆっくりと開いた。しかしその瞳の焦点は定まらない。
「目が覚めたかね?君の名前は?さあ、言ってごらん。」
「健・・・。」
「健か。健、君のお父さんはどうしたんだい?」
焦点の定まらぬ瞳を宙に浮かせていた健はその言葉を聞くとギュッと目蓋を閉じた。
「死んだ・・・死んだんだ。もう会えない。会いたかったのに、ずっと・・・。」
「目を開けなさい、健。君はお父さんに会いたかったのか?」
「会いたかった。」
「なぜ?」
「なぜ・・・かな?」
「さあ、目を開けて。思い出してごらん。なぜ、君はお父さんに会いたかったんだ?」
健の呼吸が荒くなった。唇が小刻みに震えている。
― 「サブジェクトの脈拍と血圧が上昇。沈静剤を投与しますか?」
耳に入れたイヤホンを通して研究員が尋ねた。彼は首を横に振ってそれを制すと、再び健に質問した。
「健、君はなぜお父さんに会いたかった?お母さんはなぜ死んだ?」

30%の覚醒状態は通常の睡眠におけるレム睡眠と同様、覚醒に近いものだが実際にはその逆であり、この時期に目を覚まさせることは非常に難しい。しかしこの状態でも話しかけたり質問したりすると無意識のうちに受け答えをする。深層心理にあることをそのまま話す場合が多いので、かつては真実を語らせるために強制的に不眠を強い、限界点でこうした状態を作り出すことが行われていた。
現在では睡眠薬や覚醒剤を用い、比較的安全にこの状態を再現できる。しかし、心理療法のひとつとして用いられる退行催眠と同様、深層下にある本人もまったく自覚しない記憶、欲求や行動を引き出してしまう危険性もある。

悪夢に追われるように苦悶の表情を浮かべた健は突然、叫び声をあげた。
「殺してやるっ!」
そして信じられないほどの俊敏な動作でベッドから跳ね降りると、教授に掴みかかった。カッと見開いた目が激しい怒りにギラギラと青く光る。
「あいつのせいでお母さんは死んだんだっ!」
― 「ニューロン・ブロッカーを使用します!」
イヤホンの声がそう言ったと同時に、
「うっ」
と、ひと声呻いてケンは倒れた。男の後ろに控えていたナースがすぐさま脈をとり、IV、その他の装着を確認する。
「異常ありません。でもこの状態であんなに激しく動けるなんて信じられませんわ。」
「このサブジェクトは特別なのだよ。だが、これで分かった。」
慌ただしく入って来た研究員たちに彼は言った。
「さあ、我らがオイディプスをベッドにもどしたまえ。しかしまた思いきった電圧のブロッカーを使ったものだな。」
「危険でしたので・・・。」
「ああ、分かっている。あのままなら私は殺されていただろうからな。」
彼は再び眠りに落ちた健の乱れた前髪を整えてやりながら呟いた。
「オイディプスよ、君ならスフィンクスの難問に答えを出してくれるだろう。ギリシア神話同様に。」

<8>

エア・ライフル競技が行われているアリーナは昼食のための休憩時間帯となり、閑散としていた。午前中の成績が集計され、掲示板に次々と表示されていくのを眺めているグループもあれば、早々とカフェテリアへと移動したグループもある。データー上はそれらしい過去の競技成績が連ねられているが、実際にはまったくの初参加のジョーだが、それでも南部の予想通りトップの成績で一次予選を通過していた。
「さすがだな、ジョー。」
グレン少佐が肩を叩いてそう労った。
「簡単な競技ですよ。動かないターゲットを撃つだけですからね。」
まったく簡単なもんだ。相手が撃ち返してくることもない。ジョーはそれが何故か物足らなかった。そしてそう感じている自分に軽い嫌悪を覚えた。控え室のドアを開けると、ジュンが振り返り、弾んだ声で言った。
「ジョー、かかったわ!健のIDをチェックするためにアクセスしてきたわ!」
「IDを?それじゃ健は捕まってるのか?」
「分からないわ。でも私達のIDには特殊なセキュリティがかけてあるから、アクセスすればすぐブレスレットに転送されてくるし、ファイアウォールがあっても侵入できるプログラムになっているの。これよ、見て。」
ジュンは渉外部から戻るとすぐに、小型のモバイルにブレスレットの通信装置をセットして待った。モデムを通したのでは逆に相手にこちらのデータを読まれる可能性があるが、彼らの通信装置はいくつもの衛星をランダムに経由しているのでその心配はない。まず1件は3人のIDを保安部がチェックしたものだった。ISOはこれに対してあらかじめ用意した如何にもそれらしいデーターを返送している。
そして、次―。
「プロフェッサー・シュルツ・インスティテュート?何の研究所だ、これは?」
「調べてみたけど、ただのドーマニア国立大学の中の心理学研究所なのよ。」
「ジュン、このシュルツって教授について何かわかったか?」
「ええ。教授は神経衰弱と不眠症に悩む大統領のカウンセラーをしている人物で、世界的にも有名な心理学者らしいわ。」
「大統領か・・・」

接点が見えた。健はきっとそこにいる。俺達もそこに行かねば。
ジョーは唇を噛むと、窓の外に広がる青い空を睨んだ。1羽の鳥が視界の先をついと横切り、遥か彼方へと飛び去っていった。

「サブジェクトが科学忍者隊だということを大統領に報告しないのですか?」
と、ひとりの研究員が尋ねた。
「大統領?あの憐れな傀儡、ギャラクターのパペットにかね?」
シュルツ教授は笑った。そもそも世襲で受け継いだ独裁政権になどしがみついているあの能無しが悪いのだ。だが、果てしない孤独と疑心暗鬼につけ込んだのはギャラクターだけではない。自分もまた憐れなパペットを利用しているのだから。
「報告はしない。ギャラクターにくれてやるには惜しいサブジェクトだと思わんかね?」
「しかし、それでは・・・」
「まあ、待ちたまえ。」
言いながらも彼は手を休めることなく、複雑なコマンドを入力し続けている。
(さあ、これで準備ができた。ボタンのかけ変えは10分で終わる。)
「サブジェクトにアイ・ウエアを装着してくれ。覚醒剤投与、意識レベルを10%から徐々に上昇させる。20分後に完全覚醒。さあ、始めるぞ!」
研究員たちにそう命じてから、シュルツは報告を、と言った男を振り返った。
「もう少し待ってくれ。結果を確かめてからでも遅くはあるまい?」

そして、彼は「実行」のコマンド・キーを押した。アイ・ウエアを通して健に送られるバーチャル・ビジョンは圧縮してあるので1分間に10回づつ繰り返される。情報処理心理学上、人の短期記憶は入力された情報を約20秒ほど留める機能しかもたない。ここで処理された情報を知識や記憶として長期保存させるには、容量の限界を超えさせることだ。
更新が間に合わない場合、記憶中枢は情報を処理するために、ワーキング・メモリを別に設定し、今までの記憶や知識を失うことなくほぼ無限に新しい情報を記憶する。1分間に10回づつ送られる情報は確実にオーバーフローを起こし、それを受け入れるための独立したメモリを設定させる。そして、必要に応じて検索が容易になるだけのラインを確立するためのリピートに10分。
洗脳でもマインド・コントロールでもない。これは単なる情報の追加であり、それによってサブジェクト本来の記憶や知識にちょっとしたボタンのかけ変えを行うだけである。
しかし、これに抵抗し得る者は存在しないだろう。
10分が経過した。
「よし、アイ・ウエアと電極を外し、IVを抜去。サブジェクトをステージ#1へ戻してくれ。」
シュルツは先に立って昨夜、健が死闘を繰り広げた通路へと進んだ。そして研究員たちによって床に移された健の横にひざまづき、その傍らに銀青色のブレスレットを置いた。
「教授!それは・・・」男が呻いた。
「大丈夫、データは取ってあるよ。私には専門外だが分析できる者もいるだろう。さあ、サブジェクトが覚醒する。答えはすぐに出るだろう。」

健は目覚めた。今度こそ、完全に。

<9>

(どこだ、ここは?)
片頬を冷たい床につけたまま、健は目だけで素早く周囲を見回した。無機質な床、無機質な壁が続く通路。そしてすぐ側に落ちているブレスレットを発見し、健はぱっと身を起こしてそれを拾い上げた。外見上は特に破損していると思われない。
(そうか。ブレスレットが外れて変身ジェネレーターが作動したんだな。)
「健。」
と、突然背後から名を呼ばれた。ぎくりとして振り返るとそこには白衣を着た2人の男が立っていた。初老の男は微笑むと、ポケットから鳥を模したブーメランを取り出し、もう1人の男に渡した。
「さあ、これを健に返してくれ。」
男は震える手でブーメランを受け取ると、恐る恐る差し出した。だがなぜ彼等がブーメランを持っているのか?という本来なら当然抱かねばならない疑問を、健は抱かなかった。何も考えずに手を伸ばしてブーメランを男から受け取る。健の手に幾度となく仲間の、そして彼自身の命を救った冷たい武器が握られた次の瞬間、答えは出た。
「ぎゃっ」
逆手に持ったブーメランの鋭い刃が一閃し、男は崩れ落ちるように倒れた。そのさまを健は無表情に見つめている。
(ギャラクターめ、私の研究に干渉はさせんぞ。)
シュルツは健の肩を叩いて言った。
「彼は敵だ。さあ、帰りなさい。そして君自身の答えを見つけたまえ。」

ジョーはじっと腕組みをしたまま、アリーナの外壁にもたれて立っていた。短気な彼にとって待つことは苦痛に近かったが、とにかく今はこうしているしかない。情報を収集したり、競技に集中している間はまだ良かった。だが二次予選はまた明日だ。気を揉みながら過ごす夜は長い。
「健・・・。」
と、呟いた時、まるでその思いが通じたかのようにブレスレットが反応した。
― 「こちらG1号。ジョー、俺だ。ジュンは無事か?」
  「健!おまえ今まで何をしてやがった?連絡も寄こさずに、いったい・・・」
ジョーは噛みつかんばかりに怒鳴った。心配させやがって馬鹿野郎が。
― 「すまなかった。連絡できなかったんだ。それよりもジュンは?」
  「安心しろ。ジュンは夕べのうちに戻った。無事だ。おまえのことを心配してるぞ!」
― 「よかった・・・。」
一瞬の間の後、ため息混じりに、ホッとした声がそう言った。
  「今、どこにいる?何か分かったのか?健。」
― 「ああ、行方不明の選手たちがどうしているか掴んだぞ。ジョー、こっちへ来られるか?場所はGPSマップに転送する。」
  「よし、分かった。だがまずジュンと博士に連絡しとかないとー。」
― 「おまえがここへ来る間に俺が2人に連絡するさ。ジョー、急いでくれ。」
通信は切れた。やりやがったぜ、とジョーは微笑んで車へと急いだ。

その頃、南部は健のIDをチェックしてきたシュルツ教授の研究所についてのデーターを分析していたが、あのシュルツがこんな罠にかかるだろうか?と、半信半疑だったがー。
プロフェッサー・シュルツ。心理学者であり、精神科医でもある彼は粛清で妻子を失って以来、学野からその姿を消した。それ以前の彼は共和国設立のため、強制的に間違った思想教育を受けさせられているドーマニア国民を導こうと精力的に活動していたのだが。
(まさか教授はあの研究をギャラクターのために続けているのではないのか?)
だとしたら、と南部は恐怖を覚えた。十数年前、ある学会で出会ったシュルツは言った。
「南部博士、人の認知する善悪は教育と記憶によるものだ。 私は完全な悪人でもリエデュケーションと適切な投薬によって100%正しい方向に導けると確信している。」
もし、それが逆転したら?そしてそれが軍事目的だとしたら?教授はスペシャル・フォースを超えるウルティメイト・フォースを作り上げるだろう。科学忍者隊はそれに勝てるだろうか?
「しかし最終的に勝利するのは、人間の真の正義感と良心ではないのか?」
あの時、そう信じた自分は正しかったのか、間違っていたのか?正しいと信じて科学忍者隊を組織し、また正しいと信じた友を死なせたのだ。もはや後戻りはできない。
「健、みんな、私は諸君を信じているぞ。」
南部は祈るようにそう言った。

 ジョーがアリーナを後にしたことを確認して、健は1人、戻って来た。隣接するビルにある控え室に向かおうとした時、ふいにグレン少佐に呼び止められた。
「健!無事だったのか?」
「少佐、ご心配をおかけしました。」
にっこりと微笑みながら健はグレンの元へ歩み寄り、
「ジョーもジュンも心配しているぞ。よく戻ったな。」
と、嬉しそうに言う彼の鳩尾を何の前触れもなくいきなり殴った。うっと呻いて身体をふたつに折ったところを狙って、頚椎に手刀を叩き込まれたグレンはそのまま昏倒した。倒した相手の胸に耳をつけて心音を確かめると、手近かな空部屋に運び入れ後ろ手にロックする。
 ものの2分とかからぬ間の出来事だった。 そして何事もなかったかのように健はエレベーターに乗り、控え室のドアを開けた。
パッと振り返ったジュンの目が真ん丸に見開かれた。
そこに立っていたのは柔らかいウェーブのチョコレート色の髪と青い瞳の・・・。
「健ッ!」
「ジュン、無事だったのか?良かった。」
「どこにいたの今まで?あいつらはどうしたの?なぜ連絡しなかったのよ?」
ジュンは張りつめていた緊張が一気に解ける思いだった。馬鹿、心配させて。あなたはいつもそうね。
「ごめんよ、ジュン。心配させたかい?でもガッチャマンは不死身だ。」
相変わらずの台詞を言って健は笑った。人を魅了せずにはおかないその明るい笑顔を見て、ジュンは心の底から安堵し、ともに声を立てて笑った。
「出たわね、健のお得意の台詞が。あ、ジョーを呼ばなくちゃ!」
ブレスレットに向かってジョーの名を呼ぼうとしたジュンの手首を健はがっと掴んだ。
「健、どうしたの?」
そう言ったジュンは突然発せられた氷のような殺気に唖然とした。
「健ッ?!」
掴まれた手首を振りほどこうともがくジュンを引き寄せ、健は彼女の顎にもう片方の手を当てがった。そして、愛しい人にくちづけをするように顎を少しだけ仰向かせる。
(なぜ?) ― これは健じゃない!
ジュンは知っていた。このまま健が力を加えれば、彼女の頚椎は確実に折れる。死は瞬間的に訪れるだろう。そう教わり、それを実践してきた手が自分の顎を掴んでいた。

<10>

― 「南部博士、そこにいるかね?」
背後のスピーカーから突然声がした。科学忍者隊との連絡にしか使われないモニターのスピーカーからだ。罠にかかったのはこちらだったか、と南部は思った。
「シュルツ教授!」
― 「久しぶりだね。君が育てた傑作を拝見したよ。まったく素晴しいね、彼は。」
「健はやはり教授の研究所にいたのだな?」
― 「そうだ。彼のブレスレットの通信装置を我が国が誇る情報部に解析させたのさ。君と話がしたくてね。素晴しい兵器を作ったものだね、南部博士。あのサブジェクトは完璧だ。」
「彼は兵器でもサブジェクトでもない!」
― 「ほう?では彼は君のオブジェクトかね?」
シュルツは笑った。
「シュルツ教授、私はあなたと哲学について議論する気はない。十数年前、あなたは祖国を救うという崇高な理想に燃えていたはずだ。いったい、何があったのだ?やはりギャラクターが関係しているのか?ご家族の事はお気の毒だったがー」
南部の言葉を遮って、シュルツは続けた。
― 「崇高な理想は今も変わらんよ。だが祖国もギャラクターもどうでもいい。方向が少し違ったというだけだ。私は科学者として純粋に研究の結果を追及しているだけだよ。君と同じようにね。そうそう、君の傑作に少しばかり手を加えさせてもらったよ。」
彼に、健に何をしたっ?」
― 「君こそ彼に何をした?あのオイディプスの苦悩を知らぬ君ではあるまい?私は彼の心を解放したぞ。彼は君達を敵と認識した。」
南部は愕然とした。 (なんということを!)
「シュルツ教授、教授ー!」
だが、すでに通信は途絶えていた。中継する通信衛星が切り替わったのだろう。ドーマニアの情報部といえども、この変移をフォローするのは不可能だったようだ。
「ジョーとジュンが危ない!」
ハッとして南部は通信コンソールのマイクをオンにした。

(力を入れていたら苦しいのかしら?)
そんなことは教わらなかった、とジュンは自分でも驚くほど冷静だった。 案外、こんなものなのかも知れないけど、すぐ目の前にあるこの冷たい顔はいや。健、どうしちゃったの? でもー。
「さようなら、健。私はあなたを恨まないわ。」
思わずジュンがそう呟くと、ガラス玉のように冷たかった瞳がひるんだ。
(!!)  固く結んでいたくちびるが動き、健は微かな声で言った。
「お母さん・・・」
一分の隙もなく張り詰めていた殺気がわずかに緩んだ瞬間をジュンは逃さなかった。彼女もまた歴戦のコマンドである。今だっ!
「ターッ!」
鋭い気合いとともに掴まれた手首を固定点に、思いきり床を蹴って宙返りを試みる。
(外れた!)  が、健は再びジュンを捉えようと追って来た。身の軽さを利して素早く回転しながら、ジュンはバルコニーへ逃れた。そして迷うことなく空中へ身を踊らせながらブレスレットに叫ぶ。
「バード・ゴーッ!」
虹色の光と白い羽が交差し、白鳥はふわりと地上に降り立った。しかしホッとしてはいられない。バサッという音とともに大きな白い猛禽が頭上から襲いかかって来た。ジュンは身を交したが、健はなおも間髪を入れず攻撃してくる。
(距離を取らなければ。このままでは・・・)
ジュンはヨーヨーを右手に見える非常階段に向かって投げた。3Fか4Fか、ヨーヨーのワイヤーが手すりをキャッチした手応えに、ジュンは跳躍した。バードマントだけではここまでは飛び上がれない。もっと上へ、とそれを繰り返したが、何度目かに飛んで来たブーメランにワイヤーを切断されてしまった。そして、今度はジュン目がけてブーメランを投げようとー。が、その時、「ビシュッ!」と鋭い音がして2人の間を弾丸が通過した。
「ジューンッ!大丈夫かっ?」
ジョーだ。
「ジョー!健が、健がおかしいのよ!」
「博士から聞いた。暗示だか何だか知らねえが健は俺たちを殺そうとしているんだ。」

白い鳥と青い鳥は互いに距離を取ってじっと睨み合っている。 相手の出方を計るようにー。
「目を覚ませ、健!」
ジョーが怒鳴った。エア・ガンの銃口はぴたりと相手の動きを封じている。 バードスーツに防弾性があるとはいえ、これだけの至近距離から撃たれたら相当なダメージを与えるはずだ。いや、健を殺すかも知れない。
「目は覚めている。」
氷のような声でそう応えると、健はダッと間合いを詰め、エア・ガンの銃身を握った。肩と肩をぶつけながら2人は激しく揉みあったが、力では健はジョーにかなわない。そのことは健自身がいちばんよく知っていた。投げ飛ばされた健はその勢いを利用して、猫科の動物のようにしなやかに回転し、素早く非常階段を上へー。
「伏せろっ、ジュン!」
ジョーは跳躍を繰り返す健を狙ってエア・ガンを発射した。博士は言った。
「健が攻撃してきたら迷わずに倒せ」とー。

― 「こちら南部だ。G2号応答せよ!ジョー、健はどうした?」
健に指定された場所へ向かう途中、ジョーは南部からの連絡を受けた。
「博士、どうしたんです?健からの連絡を聞いてないんですか?あいつが選手達の事をつきとめたって言うんで、そこへ向かっているところです。」
― 「いかん!ジョー、すぐに戻れ!ジュンが危ない。」
珍しく取り乱した様子の南部にジョーは胸騒ぎを覚えた。
「ラジャー!」
ジョーはすぐさまUターンすると、往路に倍する速度でアリーナへ向かった。理由を聞くのは後でいい。しかし、これだけは聞いておかなければ・・・。
「博士、健の奴がどうかしたんですか?なぜ、ジュンが危ないんです?」
― 「ジョー、君は健の母親が死んだ時のことを覚えているか?」
ジョーは意外な言葉に驚いた。
(なんだって?それがどうしたって言うんだ?)
あれは何年前だ?入院していた健のお袋さんが危篤だっていうんで、博士が夜中に健を連れて行った?いや、そうじゃない。
「ええ、覚えています。健が行かないと言い出して、それでー」
― 「そうだ。私が無理に連れて行ったのだ。」
「それで健はどうしたんです?今さらそんな昔の事と関係があるんですか?」
― 「健はシュルツ教授に暗示をかけられて、我々を敵だと思っている。 おそらくその暗示は、あの時、健が受けた対象喪失のショックを利用したものだと思う。だが、解く方法は今のところ分からない。ジョー、とにかく健が攻撃してきたら迷わずに倒してくれ!」
「しかしー」
― 「そうしなければ、健はギャラクターのコマンドにされてしまうだろう。」
「なんですって?ギャラクターの??」

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